萬代館
映畫の燈を 息長くともし続ける 地域の寶もの
映畫館で映畫を見る。それはテレビやDVDで見るのとはまったく違う世界だ。椅子に體をあずけ、燈りが消えるのを待つ時間も楽しい。しかし地方では映畫館がどんどん姿を消し、その楽しみも消えかけている。巖手県一戸町の萬代館は、巖手県北にただひとつ殘っている映畫館だ。最盛期には県北だけで15を超える映畫館があったというが、次々に閉館。その中で萬代館だけは映畫の燈をともし続けてきた。
萬代館は創業明治42年(1909)。人形芝居の小屋として蔵を改造して造られたのがはじまりという。大正時代に電気が引かれると同時に映畫の上映も行うようになった。しかしまだ映畫の作品そのものが少ない時代だ。旅蕓人一座の公演や民謡大會など、地域の娯楽の殿堂として活躍した。昭和31年に今の建物に改築。その頃は映畫の黃金時代である。観客が入りすぎて、2階が落ちないかと心配したという、今では信じられないエピソードも殘っている。今はただひっそりと佇んでいるという風情の建物だが、タイル張りのアーチに縁取られた切符売り場の跡が、少しだけ華やかな彩りを殘している。入り口のすぐ脇には、お菓子を並べた小さな売店。正面の赤いドアが、訪れる人をスクリーンへといざなう。入り口両脇の階段がカーブを描く。階段を上りながら、そういえば最近は2階席から映畫を見るという機會も減っているな、と思う。映寫室には、今では珍しいカーボン式の映寫機が鎮座している。半世紀を経ていまだ現役。その存在感は、映畫の古き良き時代を表しているかのようだ。山田洋次監督に「虹をつかむ男」という作品があるが、まさにあの世界だ。
定期的な上映を行っていない萬代館だが、1年に1度だけ、往時の活気を取り戻す日がある。「萬代館の燈を消すな」と、近隣の有志が集まって開催する映畫祭の日だ。俳優をゲストとして招き、その人が出演する作品の上映とトークショーを行う、手づくりの映畫祭だ。館內は観客の熱気でいっぱいになった。上映の合間には、映寫室を覗きに來る人が後を絶たなかった。
館主の山火光子さんは86歳(2006年當時)。5年前に亡くなったご主人の遺志を継ぎ、この歴史ある映畫館を守っている。「萬代館という名前なのだから、萬代にわたって続けなければというのが、お父さんの口癖でしたからね」と微笑む。映畫祭に合わせて、息子の桂一さんが帰省。「子どもの頃に手伝っていたから、體が自然に動くんですよね」と言いながら、映寫室で忙しくフィルムを整理していた。
あと3年で萬代館は100年を迎える(2008年創業100年を迎えた)。地域の財産とも言うべきこの映畫館で、そのときどんな映畫が上映されるのだろうか。
*現在、萬代館の運営は一戸町になっています。
rakra2006年9月號掲載
2006年8月頃撮影
萬代館
巖手県一戸町本町49
問い合わせ/一戸町役場産業課商工観光係
TEL 0195-33-2111
ロイヤルシティ八幡平リゾートより約60km

【半世紀】1956年製のカーボン式映寫機は今も現役。

【映寫室】フィルムが回ると、小窓からスクリーンの映像が見えた。

【館主】萬代館を守る山火光子さんは、巖手の女性映畫技師第1號だ。(2006年取材當時)
