康楽館
いまでもモダンな明治生まれの芝居小屋は町の文化の象徴
芝居小屋という言葉の響きに、ノスタルジックな郷愁を感じながら訪れてみると、そこは特異なパワーに満ちた現役ばりばりの舞臺であった。
日本最古の木造芝居小屋「康楽館」は、秋田県の北東、十和田湖を有する自然豊かな小坂町にある。小坂には國內初の露天掘り方式により飛躍的な発展を遂げた小坂鉱山があった。康楽館はその従業員や家族の厚生施設として明治43年に誕生。數々の紆余曲折はありながらも明治から平成まで、およそ1世紀を生き延びてきた歴史を持つ。
外観はかなりモダンで、洋風板張りの壁に赤い提燈や暖簾が非現実的に調和している。札売場脇の入口から中へ。靴を脫いで奧へと進む。すると、外観とは一変して、和風で本格造りの歌舞伎小屋が現れた。
康楽館で21年のキャリアがあり、黒子で主任の工藤守男さんに館內を案內していただいた。昔ながらの畳の桟敷席は全國でも珍しいという。定員は607人。桟敷が舞臺に向かって緩やかに傾斜していて、より楽しんでもらえるようにという観客への配慮が感じられる。多くの人の手でまろやかにになった木造の柱や手すりの感觸が心地いい。
舞臺の地下へと階段を降りると、あるのは「奈落」。ひんやりと涼しいここでは、4人で動かす回り舞臺のろくろ仕掛けや、花道へ役者を迫り上げる「切穴(すっぽん)」の仕掛けを見ることができる。実際、このように人力で行っている小屋はいまでは無くなってしまったらしい。康楽館には現在9名の黒子がおり、それは全國的に見ても"多い"のだという。日本最古の現役木造芝居小屋の底力を見た気がした。
康楽館は一時、老朽化とカラーテレビの普及などにより一般興行が中止されたが、町全體に修復を望む聲が沸き上がり、昭和61年に町営として甦った。館長の木村則彥さんが「地元の方々が誇れる施設であり続けたい。そのためにも様々な催しに使ってもらった方がいいんです」と話すように、康楽館では常設の大衆演劇や年に一度の歌舞伎公演の他に、日本の伝統的な能舞臺や狂言をはじめ、演奏會、映畫の上映會、講演會などが行われている。
繁栄していた頃の小坂鉱山が造った芝居小屋、そして現在、冬季を除いた4月から11月の間、その芝居小屋で常設公演を実現させている小坂の町と人々。じんわりと、すごいと思った。
芝居の通が掛け聲を飛ばすという桟敷「大向う」を陣取り、幕が上がるのを待つ。その日は、最近話題の松井誠のお弟子さんによる大衆演劇、"下町かぶき組"「劇団夢の旅公演」の初日であった。役者たちにとっても、康楽館は舞臺と桟敷が近く、お客との距離を感じない希少な小屋であるという。幕の向こうは、どんな世界なのか。緞帳が動き始めるのを見つめる瞬間が醍醐味だ。
rakra2006年10月號掲載
2006年9月頃撮影

【舞臺】康楽館は平成14年に國重要文化財に指定されている。

【楽屋】若き日の仲代達矢など役者たちの落書きがいっぱい。

【奈落】入場券を買うと黒子の案內による施設の見學ができる。

【観客】思い切りくつろぎながら楽しむスタイルは、明治時代から変わらない。
