
PREコラム
「官民連攜による地域活性化への取組を探る」(10)伝統(tǒng)工蕓品のブランド化による地域再生プラン ~現(xiàn)在に生きる伝統(tǒng)技術(shù)~
公開(kāi)日:2017/09/20
伝統(tǒng)工蕓品は、その作品の高い完成度が現(xiàn)代でも評(píng)価され、長(zhǎng)い年月に渡り伝統(tǒng)的な造形のままで継承される一方、優(yōu)れた伝統(tǒng)的製造技術(shù)を応用して、全く新しいコンセプトでヒット商品を生み出している企業(yè)もあります。前者は、地域での分業(yè)制による生産體制を続け、地域全體で伝統(tǒng)技術(shù)を継承している場(chǎng)合が多いようです。片や後者は、特定の職人集団が、伝統(tǒng)技術(shù)を新素材や新しいマーケットに適用させています。
いずれにしろ、こうした取り組みは、職人の維持?育成に寄與し、ひいては地域の活性化、産業(yè)の創(chuàng)生につながることでしょう。
ここでは、伝統(tǒng)技術(shù)が現(xiàn)代にマッチした作品を生み出す原動(dòng)力になり得るという事例を、2つご紹介します。
加賀の伝統(tǒng)工蕓「めぼそ針」「加賀毛針」が現(xiàn)代に生きる ~目細(xì)八郎兵衛(wèi)門(mén)商店の挑戦~
創(chuàng)業(yè)400年以上の歴史を持つ金沢市の目細(xì)八郎兵衛(wèi)商店は、主に鮎釣りに用いられる毛針を明治から製造してきた老舗企業(yè)ですが、創(chuàng)業(yè)は、天正3年(1575年)にさかのぼり、元々は、縫い針の製造が始まりです。成形の難しい絹針の目穴を「丸」から「細(xì)長(zhǎng)い楕円」にした縫い針が好評(píng)となり、加賀藩主より「めぼそ」を針の名として與えられ、屋號(hào)となりました。この「めぼそ針」が、同社の創(chuàng)業(yè)期を支えました。
明治に入り、鮎釣りが庶民にも広がると、次第に「加賀毛針」の需要が増加し、同社も縫い針の製造技術(shù)を応用した「加賀毛針」の製造販売を開(kāi)始しました。毛針の製造を始めたきっかけは、明治以降、急速に進(jìn)んだ機(jī)械化の波が背景にあったといいます。江戸時(shí)代までは、著物や畳、本の製本などは、縫い針を使う手工業(yè)で成り立っていましたが、それが機(jī)械に取って代わられ、縫い針の需要が縮小傾向になったのです。しかし戦後、釣り人口自體が縮小し、渓流釣り、ルアー、フライなど、釣りのスタイルも多様化したことで、鮎釣りをする釣り人は次第に減っていき、この「加賀毛針」も減産の一途を辿ります。その結(jié)果、「加賀毛針」の職人は、現(xiàn)在では加賀毛針の職人は同社の4名の職人を含め、石川県全體でわずか8名にまで減少しているといいます。このまま手をこまねいていては、製造技術(shù)を継承する人は失われます。その対策として生まれたのが、同社オリジナルのアクセサリー「フェザーアクセサリー」です。きっかけは、20年ほど前にはじまったブラックバスブームの際に、先代がブラックバス用の毛針を作り店頭に置いたこと。加賀毛針に比べ、色鮮やかでサイズも大きな羽根を使うことから、その美しさに目を引かれた観光客の女性が「ブローチにしたら素?cái)长扦工汀工嚷─椁筏恳谎预讼却⒛郡贰⑨灳撙我伤起Dに使う羽根を用いたアクセサリーの製造をスタートさせたのです。
「フェザーアクセサリー」は次第にブローチ、コサージュ、ピアスへと、アイテムを増やしていきました。また、女性を中心に「フェザーアクセサリー」の作り手が増えるという副次効果も生みました。これまでは、毛針職人を募集しても、なかなか集まらなかったのですが、アクセサリーの制作といえば興味を持ってくれる女性もいます。現(xiàn)在では、これら女性職人達(dá)が、アクセサリーづくりをきっかけに毛針を巻く技術(shù)を習(xí)得し、伝統(tǒng)工蕓を守っています。
この「フェザーアクセサリー」をきっかけに、若者の間で人気が高まりつつある渓流釣りで使用する釣り針に「加賀毛針」の技術(shù)を応用したり、「めぼそ針」についても針山や裁縫セットなどの周辺商品の開(kāi)発で新たなニーズ開(kāi)拓を目指しています。
400年以上に渡って金沢の伝統(tǒng)工蕓を守ってきた老舗企業(yè)が、伝統(tǒng)工蕓技術(shù)を応用した新しいアイデア商品で、將來(lái)を見(jiàn)據(jù)えた新事業(yè)を展開(kāi)しています。
高岡銅器の伝統(tǒng)工蕓をオリジナル商品に生かす ~能作の挑戦~
富山県高岡市では、江戸初期に加賀藩主が7人の鋳物師を招いたことを機(jī)に、高岡の伝統(tǒng)工蕓である高岡銅器の長(zhǎng)い歴史が始まりました。株式會(huì)社能作は大正5年に、高岡銅器の鋳造技術(shù)を用いた仏具製造を開(kāi)始し、以來(lái)、仏具、茶道具、花器を中心とした高品質(zhì)な鋳物を世に送り出してきました。しかし、高岡銅器のモノづくりは、古くから分業(yè)體制が確立しており、能作は、そのなかで生地屋といわれる職種で、素材を鋳造する初期工程を擔(dān)當(dāng)して問(wèn)屋に納めまるまでが仕事であるため、顧客の顔を直接見(jiàn)ることはできません。
そのジレンマを克服するため、現(xiàn)社長(zhǎng)である能作克治氏は、現(xiàn)代のライフスタイルに合ったデザイン性の高い獨(dú)自の製品を制作し、直接販売する戦略を進(jìn)めました。
最初のヒット商品は、真鍮製のベルです。このベルは、音色がとても良いことから、首都圏の有名店で販売され、現(xiàn)在でも好評(píng)を得ています。
それに引き続き、純度100%の錫を用いた「曲がる食器」を開(kāi)発し、販売しました。純度100%の錫は手で簡(jiǎn)単に曲がってしまうため、これまで食器の材料として使用されていませんでしたが、能作氏は、その錫の特性を逆手に取り、“自分で自在に曲げて使う食器”として売りだしたのです。このアイデアが見(jiàn)事に的中し、食器の形狀を自由にアレンジできるユニークな商品の評(píng)判が口コミで広がり、テレビの情報(bào)番組などでも取り上げられ、能作の知名度が一気に高まりました。
これをきっかけに、全國(guó)の主要都市の百貨店やホテルなどに同社の直営店を開(kāi)設(shè)。平成25年にはイタリアのミラノにも『能作ショップ』をオープンさせ、海外進(jìn)出も果たしています。いずれも、同社の技術(shù)をアピールする情報(bào)発信の場(chǎng)であると同時(shí)に、顧客の生の聲を次の商品開(kāi)発につなげる情報(bào)収集の場(chǎng)としての重要な役割を擔(dān)っているといいます。同社の売上も、ここ10年余りで10倍に伸びています。
一方、良質(zhì)な商品を開(kāi)発し続けるためには、人材を育成しベテランから若手へと技術(shù)を継承していかなければなりません。そのため同社は、熟練の技術(shù)者が日々の仕事をしながら若手の技術(shù)者を育成するスキームを定著させるとともに、外注先である地元の研磨や彫金の技術(shù)者のもとへ社員を送り、実踐的な研修を受ける機(jī)會(huì)を設(shè)けているそうです。同社の職人の平均年齢は33歳、皆、技術(shù)を習(xí)得したいという情熱を持って入社してくるので、離職率はほぼゼロだそうです。能作の知名度が上がるにつれて、あえて人材を募集しなくても、毎年多くの新卒者が會(huì)社の門(mén)を叩いているといいます。
今後は、純度100%の錫は抗菌性が極めて高いことから、新規(guī)事業(yè)分野として高岡の鋳物技術(shù)を生かした醫(yī)療器具の製造にも力を入れること計(jì)畫(huà)しています。
伝統(tǒng)工蕓技術(shù)を応用したデザイン性の高い鋳物で、人々の生活に潤(rùn)いを與えたいという、能作氏の経営哲學(xué)は、伝統(tǒng)工蕓の將來(lái)を明るく照らしています。
これまで、地域における伝統(tǒng)工蕓品の取組事例をいくつかご紹介しました。一般的には、伝統(tǒng)工蕓品を取り巻く狀況は厳しいものがあり、生産量の減少傾向だといわれています。しかし、このように先進(jìn)的な取組を行っている老舗企業(yè)を見(jiàn)てみると、伝統(tǒng)工蕓の可能性は、まだまだありそうです。特に、マーケットの動(dòng)きに敏感な若手後継者の挑戦的な事業(yè)展開(kāi)は、地域の再生に大きく貢獻(xiàn)していると思います。そして、さらに今後、消費(fèi)者嗜好が多様化する中で、日本の伝統(tǒng)工蕓を支えてきた製造技術(shù)は、世界においても高く評(píng)価されるのではないでしょうか。
官民連攜による地域活性化への取組を探る
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