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      Vol.10 海に浮かぶ家(フィリピン?スールー諸島)

      Vol.10 海に浮かぶ家(フィリピン?スールー諸島)

      家は海に浮かぶ船
      ―スールー諸島のサマ?ディラウト―

      地球表面の海洋と陸地の面積の割合は、おおよそ7:3。3割の陸地の部分に、世界の大多數の人びとが暮らしています。しかし、世界には広い海の上に家を持つ人びともいます。彼らは海に浮かぶ船の上で生まれ、海を遊び場として育ち、親の漁を手伝いながら大人になります。そして結婚とともに獨立し、親の船を離れて自分の船で新しい家族とともに暮らすことを伝統的に営んできました。一生のほとんどを海に漂って生活する、そんな人びとの住まいである家船を紹介します。

      フィリピン南部のスールー諸島は、ミンダナオ島南西部からボルネオ島北東部の間にあり、958の島々が鎖(くさり)のように連なっています。このあたりの海は比較的おだやかで、真珠母貝やナマコなど豊富な海産物に恵まれた漁場として知られています。

      ここに、船を家にする人々「サマ?ディラウト(海のサマ)」が暮らしています。サマ?ディラウトはこの豊かな海で親戚や家船仲間と協力して漁をし、とれた海産物を陸上の市場で売って生計を立てています。サマ?ディラウトの食事は漁で手に入れた魚のスープのほか、蒸したキャッサバなどがありますが、主食のキャッサバや米などの食物や生活用品は、町の市場で手に入れます。魚の仲買人との間で海産物と生活必需品を直接交換するなど、さまざまな面で陸地の住人とのつながりを持っています。島にも時おり上陸し、貴重な水分となる若いココヤシの実や木などを手に入れます。

      家船の種類と居住空間

      ではサマ?ディラウトが暮らす家船とはどのようなものでしょうか。何世帯もの家族が同時に暮らせるものから、一世帯が暮らせるほどのものまで、大きさはさまざまです。「クブ」という家船は、5つの家族が住めるほどの大型船で、1940年代まで使用されていた古い型です。側面に「ウキール」と呼ばれるみごとな彫刻の飾りがほどこされた家船は「レパ」。近年はエンジンを裝備した「クンピット」や「テンペル」という新しい型の家船が主流です。クンピットは大型の家船で、テンペルはひとつの世帯が暮らせる程度の大きさです。

      テンペル型の家船は、おおよそ全長11.5m、幅が1.6mほど。床から屋根のてっぺんまでの高さは1.8m程度です。船首と船尾を除いて、ニッパヤシの葉などで編まれた屋根におおわれています。この屋根の下が、居住空間です。この屋根のおかげで、きつい日差しをさえぎり、風をうまく居住空間にとり入れています。また、船內に壁などの仕切りはありません。コンロを使った調理や食事も船の中で行います。置いてある生活用品や家具は、必要最低限のものだけです。入浴は海に入って身體の汚れを落としてから、船の上で真水を使ってすすぎます。用を足すときは、屋根のない船尾の床板を1枚はずして海に排泄します。寢るときは、頭を船首に向かって左側に、足を右側に向けます。これは祖先の霊に対する儀式を行うとき、船の左側に霊の象徴を置くことに関係しているようです。

      住まい、乗物、商売道具にもなる家船

      家船は3つの役割を持っています。1つは寢起きしたり食事をしたりする住まい。もう1つは、海の上を移動するときの乗物。さらに漁をするときの商売道具にもなります。住まいにも乗物にも道具にもなる家船で、1日の間でも潮の満ち引き、風、時間帯によって広い海を移動します。また、夏冬の季節風の影響などさまざまな環境の変化によって、1カ月、1年という単位で海の上の居場所を変えます。時には強風をさけて錨(いかり)をおろし、停泊することもあります。こうした環境の要因だけでなく、近隣の人間との関係がうまくいかなくなったときや、身の回りの安全が脅かされそうになると家船で移動します。

      杭上家屋へと住まいを移すサマ?ディラウト

      スールー諸島の杭上家屋集落

      近年、多くのサマ?ディラウトは、海の上を移動し続ける家船での生活から離れ、遠淺の海の岸辺に建てられた高床式の杭上家屋で暮らしています。嫁いで陸地に暮らす人もいます。

      海の上に建てられた杭上の箱形の家は、海からの風が入り、內陸とくらべて蟲も少なくとても快適です。杭上家屋の內部は、その多くが家船のように仕切りのない大部屋になっています。

      杭上家屋で生活していても、サマ?ディラウトと海とのつながりはとだえていません。高床式家屋の杭には船がつながれ、長期間漁に出たり、出稼ぎに行ったり、彼らは今もひんぱんに海を移動しています。サマ?ディラウトは海での暮らしをルーツとし、住み替えや建て替えを簡単にできる環境で生きてきました。日本的な「家」の感覚にくらべれば、彼らは「定住」や「移動」について、より柔軟な考えを持っているのかもしれません。

      杭上家屋の內部

      杭上家屋集落に住む子どもたち
      海に飛び込んで遊ぶ様子

      POINT

      • ニッパヤシの葉で編まれた家船の屋根は、きつい日差しをさえぎり、風もうまく取り入れられて快適なんだね。
      • 家船があれば、海の上の行きたい場所に家ごと移動できるから便利だね。
      • 杭上家屋は、海からの風が入り、內陸とくらべて蟲も少ないんだね。

      參考文獻:床呂郁哉「住まうことと漂うこと(サマ?ディラウト|スールー諸島の漁撈民|フィリピン)」
      佐藤浩司編『住まいをつむぐ』學蕓出版社、1998年、177-194頁

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